funny rain, sweet breathing

知ってるか?世の中って思った通りにしかならないんだぜ?

年をとると時間の流れが早く感じる感覚を少しポジティブに考えてみる

Time
最近オフィスを追い出された。

もともといたオフィスはそれなりに小綺麗で、長く滞在する開発チームの為にそうしている要素がある的なことを言われた記憶があるのだが恐らく大袈裟に表現したのだろう。

「今アメリカではSales Techなんだよ。営業マンの頭数揃えるなんて日本でしか通用しない古臭い発想」という言葉も聞いた気がするが多分、空想科学世界の話だろう。営業を増やしまくって席がなくなった結果、開発は小汚い雑居ビルの元々店舗なんかが入ることを想定しているような場所に追いやられ。

店舗だったらドアは開きっぱにしてるだろうが、事務所となれば扉は閉じている。が、換気システムの無いその部屋は、淀んだ空気を溜め込んでいちいち保安センターに連絡しなきゃ温度調整もできない総合空調システムがその淀んだ空気をかき回すだけの閉鎖空間。

オフィスに対して開発チームのいるラボだの、この豚箱の如し空間に関与しない人間たちが率先して「呼び方どうしようかー」と騒いでいるが、単に”オフィス以外の名称の施設のある会社”というラベルが欲しいだけだろう。

と、とにかくジワジワ体力を削り取るような悪臭起因の頭痛と戦いながらイライラしつつ日々を終える。今日のバタバタが終われば明日は消化試合だから。

昨日は飲みで遅くに帰って来たが、睡眠時間は確保できているし今日もきっちり1時間ローラーを回す。とにかく今はベースアップが全てなので今夜もメディオかな。最後に少しL5領域まで心拍数上げて刺激を入れよう。

さて、歳をとると1年が短く感じるという感覚。あんま自分は感じたことがなくて、周りに話合わせられなくてどうしよう、なんだけれども。

逆にじゃあ、なんで自分にはその感覚がないのだろうかという点について、超ポジティブシンキングしてみる。

昨日書いたように、かつては1日朝から晩まで遊び歩いたりバイトして2日間家から出ずにゴロゴロするような生活をしていた。それくらい”翌日の価値”が低い生活をしていたわけだ。しかもずーっとゲームしてたりとかインプットもアウトプットも無い生活。

今ではやりたい事(一応勉強とかトレーニングね)が多すぎてやりきれずストレス溜まることが多々ある感じの。

とにかく密度を上げた時間の使い方をしようとはちゃめちょしているわけなのだが、こういう生活って楽しくもあるし辛くもある。そして楽しかろうと、あるいは辛ければ尚のこと、空気 中や水中ではなくもっと粘度の高い物質の中を進んでいる感じ。同じ距離を進むにしても、進みやすさや到達した時に「これだけの距離なのにしんどかったなー」と思う度合いが増す。

空の25mプールの底をつててててーと端から端まで歩く2ような1年なのか、水が蓄えられたプールを歩いて進むくらいの1年なのか、掻きまわせないくらい 粘度の高い何かで満たされたプールを進むような1年なのか。

あれもやるこれもやる、と決めて、それぞれになんらかの指標を設定してやり続けて1年過ごすというのは、時間という流体の粘度を上げていくようなもの。

たがら、何歳になろうとも1年が短く感じないというのは、それだけ密度を維持した生き方ができていると思っておこう。もちろん、やな事しか無さすぎて長く感じるってのもあるけどな。望もうと望むまいと。

「時間がない」から、なんでもできる!

「時間がない」から、なんでもできる!