funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

先に進むために、"待つ"ことを覚える

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「人生は短い、だからこそ遠回りしまくろう。」などと意味不明なことをのたまうのが好きです。

ハタチそこそこの頃と、30歳手前あたりで決定的に自分として変わった点がある。それが"待つ"ということを使えるようになったこと。

待つっていうのは別にその場に留まって一切何もしない、ただただステイで、というものではないのでそこはよろしく。

ではその"待つ"を身につけていない時代だったら自分はどんな感じに動いていたか?と考えると、何かを試みた時にとにかく何であれアウトプットが出ることにのみ拘っていたと思う。

もちろん、やることそのものには意義もへったくれもなくて、評価すべきものは結果ただ一つでしかない。けれども何かしらの結果を出すことが次第に最大の目的となってしまい、そもそもに実現したかったことを実現するっていうのからは離れていったり、何であれ出てきた結果を免罪符にやり遂げられなかったことを正当化してしまっていたことはあると思う。

今ならどうだろう。

実現したいことがあって、それは例えば自分が共同創業者であるベンチャー事業であったりその他仕事として協力している事業であったりっていうのがまぁ今は一番多いのだけれど、そういったものに取り組んでいく過程。

仕事としてやる以上、当然のごとくアウトプットが求められる。

けれども、そうそうわかりやすい結果なんて出ない。特にそれがわかりやすいスマホアプリであったり、20年ぐらい働いた業界での独立開業してのビジネスなんかでなければね。いや、こいつらだってそうそうポンと結果が出るわけではないが。

その時に例えばやみくもに広告宣伝費をかけてとにかく母数だけは多い告知をしまくるのか、自分が手がけているものの一部でもいいから生かすために他の企業とかと組んだりして「こんなのやってます。」みたいなのをアピールしまくるのか。

別に間違いでは無いと思う。

ただ、自分はあまりやらないかなって思う。

その代わり、待つ。ただひたすらに、待つ。

待つといってもそれは冒頭に書いた通り、何もしないで時間が経つのを待っているというものではない。"その時"が訪れた時に、確実に正確にアクションを起こしてアウトプットを刻めるように。

5年後でも、10年後でもいい。

「この頃にこんな時代になる。その時にこういう形でいられたら勝てる。」

そんな確信が持てるように、静かに待つ。その時の必勝の形を粛々と築き上げながら。

待つ、というのはただ待っているのはしんどいだけ。でも本当は、待つっていうのは勝負に出る時よりもはるかにアクティブに動いているかもしれない。行動の質も違うしね。

この待ちの時間に何をやっていたかで、結果の大半は決まってくる。待っている間に、未来も答えも見えてくる。そうなるようにひたすら動き続ける。それこそが待つっていうことだと思う。

特にまだ世の中に浸透していないようなトピックってそうだよね。「こういう時代になった時に、自分達のネタは輝く。そしてそれは〜年後にやってくる。」っていう読みと、そこからブレークダウンした今の構築。

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