funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

人と違うことがやりたいから起業、という愚かな発想について

ええ、格好良くもなんともないし、愚かですよマジで。

カフェでボケーッとしていたら、隣の席でスーツを着た20代前半から中頃くらいの男性3人の会話が聞こえてきた。一人がドヤ顔で人生論とか仕事論的な話をしていて、残りの2人が食い入るように聞いていた。聞こえてきた内容が、

「俺、やっぱ人と違うことがしたくてさ。だから会社辞めて起業したんだ(ドヤァ)」

みたいなのだった。

隣で聞いていた自分の中で湧き上がる脱力感(赤の他人だからどーでもいいっちゃいいが)。村上春樹的な「やれやれ。」だ。売れない、売れる見込みもないアマチュアバンドマンが「俺は世の中の枠にははまんねーんだ!ロックだ!!」みたいな事を言っているのと同じかなと思う。

自分で事業を立ち上げる、会社を作るって大したものだと思う。これまで雇用主が抱えていた分のリスクまで自分で抱えて生きていこうというのだから。企業に雇われるというのは、己の自在さと引き換えに社会的なリスクを抱えてもらえているわけで。
「人と違うことがしたい、だから起業」こういう考えの人にとって"人と違う"というのは何を意味するのだろうか?別に事業を自分で興す、というのは、別に珍しいことでもないのに。というわけで、この違いとやらは何なのだろうかと"違い"について考えてみた。

・商売的に違うことをする
まぁ競合は少ないほうがいいですからね。VCの所行っても、ビジネスコンテストに出しても、競合については聞かれるもんね。とはいえ「今の勤め先よりも競合相手の少ないこの業界で起業します。」っていう話は一度も聞いたことがないので、冒頭の意識の高そうな青年もこういうモチベーションではないのだろうなと思う。

・ただ単に比較されたくないだけ?
No.1より、Only oneってやつですね。同じ部署の年下で、上司からも信頼されていて仕事もできる後輩とかいたらひねくれちゃいますからね。でも上の方に書いたけれど、どこかの会社で雇用されているってことはその会社の傘の下にいられるってことなんだよね。その傘の下で、真ん中の方にいられるのか端に追いやられるのかの押しくら饅頭はあるかもしれないけれど。

そもそもなんで人は起業をするのか?って話だけれど、それはこれまでの人生で色々あったとか、会社を突然首になって自分で稼がざるを得なくなったとか、凄い技術を持っているとか、何でもありなのが現実。きっかけが何であれ、思わず人が手に取りたくなる/使いたくなるアイデアが浮かんで、その魅力が継続して再現されるものであれば、それは起業するに値する価値があると思う。自分の所属している会社ではそのアイデアが実現できないとかで、「それならば自分で」っていうモチベーションは普通に存在しているんじゃないのかな。自分が今所属している会社やら研究室やらでやれるのであれば、それが一番楽でいいと思うけれど。

なんであれ、起業というのは何かを達成する為の手段の一つ以上の何物でもない。己の発想を市場に問う、というか。

そうなると冒頭の青年「人と違うことがしたい。だから起業」というのは何が違うのか?
答えは至極単純な話で、起業が手段ではなく目的になっているっていうところ。雇用されるのも起業するのも、食い扶持を稼ぐための手段として並列な存在だし、どっちかが必ずしも最強なんて時代は来ないだろうから。あと、起業して、その際のアイデアが結構オリジナリティあるもので、結果として人と違ったってことはあるだろう。

しかしあれだ、別に公平にドヤ顔するのが目的で、その為の起業って言い張るんならそれでもいいと思う。同じことを人に言ったことがあるんだけど、そしたら怒られた経験があるが。

20代の起業論―――成功するアイデアとリーダーシップのつくり方

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