起業も独立も中退も叩かれないし、クソみたいなのは日本じゃなくて自分でしょ?
あたし、起業も独立も中退もやった20代を過ごしたけど叩いても別にいいと思うの。実際クソだし、そういう風にしか生きられなかった社会不適合者ですからね。起業・独立・中退それらの行為自体に良いも悪いもないけど / “起業も独立も中退も…” https://t.co/Nl7EuBL228
— 穴あきグラタン (@mercy298) 2016年12月2日
呟いた通りの話。
起業も独立も中退も別にその行為自体は叩かれるものではない。所詮は行為でしかないからだ。叩かれるのか逆に賞賛を浴びるものは結果だし、それだって時の気まぐれでしかない。後の人間が勝手に、そう思いたいから歴史が動いた瞬間と言うようなもん。
そして、今こうしている間にもアフリカでは1分間に60秒が経っているのと同様に、バカはバカだからバカだし叩かれるわけですよ。行為ではなく、対象はその主体となる存在。
それだけの話。
それを勘違いして、周りとのマウンティング合戦を勝手に始めたり高知に移住したり自分の頭でしか考えられなかったりっていう末期症状に陥ってしまうケースがどうも世の中にはあるようだ。
ちなみに自分は上記Tweetの通り、20代はそんな感じだったね。
まぁ、クソですよ。
だから今どうこうっていうのはないし、昔ああだったっていうのが何か影響を及ぼしているというようなこともない。もし別の生き方ができたならば、その時はその時で別の結果があって、あれは良かっただの実際クソだっただの言っているだろう。
なにぶん社会不適合者なもんで。
他にもっと良いと思われる選択肢をちゃんと把握していた上で、それでも実際に選べるものは起業とか独立とか中退とかそんなもんだった。ま、生きてりゃなんでもいいし、ミニマリスト教に嵌らず飲んで食って趣味には金を使ってそしてちゃんと税金を納めるっていうのを当時のノリでやるのであれば問題はなかった。
今はサラリーマンやってるけどね。
単純にフリーが飽きてきたり、新しい芸風を効率的に見つけたりするのに生活を変えるのは楽でいいし、社会不適合者な自分がそれでも所属しようと思える会社に出会ったりそこに求められる程度には有能であるくらいには爪を研いでいたっぽいしどうも。
あ、で、僕がクソって言ってるのは起業や独立や中退ではなく、それをやっていた自分のことね。まぁ流石にそういうのを対外的に触れて回ってそうじゃない人間に対してマウンティングとかやろうとは思わなかったけど。そんな事に時間を割いていられるほど人生は長くもないし。そもそも、起業とか独立とか中退とか、要は行為そのものに対して逐一何らかの感想や意見を持ってたらきりがないし面倒臭い。ましてやそれを、誰も聞いていないのに発信するとかねぇ。
起業も独立も中退もやりたかったらやったらええ。
でもそれは何ら評価軸にはならんし、では何故、特に叩かれる傾向にあるかというとその動作の主体が叩かれる要素しかない人間ほど声高に言って回ってるってだけでしょ。起業したから、中退したから叩かれるんじゃないお前だから叩かれるんだってね。
なんで叩かれるかというと、"レールが敷かれた人生を歩まないというレール"に乗っかっている坊やに対して誰かが書いてたけどどこだったけかな。とてもしっくりいく内容が、ジェントルに書かれていた気がする。
あとはね、浅はかさが嘲笑の対象になるのはいつの時代も同じだし、浅はかと挑戦の区別がつかないのはやっぱり嘲笑われる要件を満たす浅はかさなのよね。