funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

何かのタイミングが変化を起こす事に期待はしない、ただし何かのタイミングで何かを始めることは変化を起こすだろう

Squared Splash

2020年の五輪がどうのこうのっていうニュースを、あまり興味もなく眺めているんだけど、周りにいるそれなりに年いってる人達の中には2020年というのを大きなマイルストーンとして事業を進めようとしている人が多い。逆に自分の周りの若い人たちで、2020年があるからっていう感じで動いている人がいないのはたまたまなのか、世の中的にそうなのか。

何か大きな事業とかをやってやろうって時に、別に2020年だなんだがなくったって、やるやつは毎日コツコツやってるのよね。

っていうあまり根拠の無いことを考えながら思ったのは、「2020年が日本にとってラストチャンスだ。」「2020年にこういうことをすればその後に云々かんぬん」みたいな言い方をよくする人達。特に冒頭にちらっと書いたような団塊以上な人達。

もっと一般化すると、「〜が終われば/過ぎれば・・・になる。」みたいな考え方。

それが仕事の大きな節目だったり、結婚だの子供が産まれたり独立したりっていう家庭的な節目だったり、世の中の仕組みが変わるタイミングとか選挙とかそういったもの何でもいい。

そういうタイミングという1点を基準に、何かが変わってくれると思うこと。あるいは、変わったり変える為の理由や言い訳としての期待を込めること・・・そういう発想に対してどうも違和感を感じてしまう。

変化ってのは、だって、一つの例えとしてはコップに水滴を垂らし続けていくようなもんで。水滴が溜まり続けるから、水かさは増すし、いずれこぼれ落ちていく。自分にとって変化っていうのはそういうもの。

だから何かある瞬間に物事が変わるっていう考え方は持たないようにしている。そうではなくて、そういうタイミングっていうのは何かが始まる時/始める時っていう風に捉えている。何かを始めて、続けて、そしてようやく何かが変わったりするものと。

別にはてなブログを解説したから専業ブロガーじゃねぇし、うん十万のカメラやら自転車を買ったところで別にプロどころかハイアマチュアですらない。政権が変わったり、為政者が変わるってことが、国家が変わって国民の生活が変わるわけではないし。