funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

何でも自分でやらないために、フリーで仕事しているなら、たまには大きなプロジェクトの一単位になってみた方が良さそう

実務的なメリットよりも、自分の感覚のチューニング的な意味合いが自分の場合は大きいのだけれども。

僕は基本的に、フリーでIT系何でも屋として仕事をしている。だいたいは長くても2ヶ月前後で終わるような案件がメイン。よほどお金に困っていなければ、原則として常駐してくれとかそういうのは断っている。常駐って言ってやってくる話が大抵は保守メンテ系の自分の性格にはあまりに合わなすぎるものばっかだからなんだけど。

フリーで仕事してるメリットは、仕事さえあって納期とクオリティの問題をクリアさえできれば別に昼まで寝ててそこから仕事したっていいし、週末仕事する代わりに平日の周りが仕事しているタイミングで買い物ができたりする。まぁそういうメリットは個人的にはポイントポイントでは感じるが、それよりも24時間365日が勤務時間な自営業っていう方が気持ちの中では大きいし現実そうだけど。

で、お仕事。

Webの制作系とかって、依頼主と殆んど会わずに頼まれたことを家で淡々とやってりゃ満足してもらえるしお金はちゃんと入ってくるんだが、それでもたまには全てを自分でこなす・こなせる案件じゃなないものを手がけたほうがいいなって。大きなプロジェクトの1パートを担い、他のパートの人とコラボして1つのものを作り上げていく。

最初に感覚のチューニング的な意味合いが大きいと言ったが、さくっと一人でこなして小金が入ってくる仕事を効率よくポンポンやってると、積み重ねればかなりお気楽にお金は手に入るんだけど、違和感を感じるのだ。何でも自分でやれちゃう範囲の中で生きていると、何でも自分でやっちゃおうとしてしまう。

これが良くないな―と思っていて、やりたい事・やれる事っていうのにフォーカスしてそれ以外を他の人に任せられるっていう状態にたまには置かれるように心がけている。例え自分でやった方が早かったり、コミュニケーションコストみたいなんが高かろうと。あるいは、あれもこれも自分でやりたいっていう感情が強かろうと。

特に後者が大きいのってあんま健全じゃないんじゃなかろうか。

「経験しておきたいから。」くらいのノリであれもこれも自分マタ―にするっていうのは、自分以外から見たら「頼りになる。」っていう印象だけじゃない気がしている。充分な経験値があったり、適切な人材に振り分けられる相手にならば丸っと投げるっていうのはアリなのかもしれないが、それにしたって最終成果物の規模で言ったら上限なんて見えている。

「自分はこの分野が超得意だ、だからここだけやらせろ。」ってプロジェクトに組み込まれれば、他の部分では自分と同じようにその分野で強い人間がアサインされているのだから、その人から学ぶ機会はいくらでもある。自分が実戦で手を動かすのが最大の学びではあるが、いつでも自分が手を出してやっていいわけではないので、だったらその分野の有能な人の実戦での観察を学びとした方がいい。オフの時に話を聞くことだってできるんだからね。

ってガチャガチャ言ったけど、単純に自分で何でもやろうとするっていう意識が暴走しないようにするのと、自分でやれちゃうレベルの仕事に自分が根っこを張らないようにっていう目的で、一単位、一部品、そういった位置づけになれる機会って大事かな。

それくらいの規模の仕事(これは本人のスキルセットによって変わってくるが)を依頼されるようになるには?っていうのは、まぁ頑張ってとしか言いようがない。こうやって人と仕事してりゃ入ってくるよ。自分で営業するよりも、自分を紹介してくれる周りっていうのがやはり"自分の財産感"あるし、自分の"有能さ"の指標であるのだから。