funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

埃のない隅とか、曇りのない窓とか、"小"綺麗が地味に大きなものに繋がっている気がする


photo by Cedpics

前回の記事で書いた、ボルシチがとっても美味しい、40年以上前から続いているニュー横手という山荘。

多分改装とかはしてるんだろうけど、建物内の小綺麗さになんかホッコリしたのが記憶に残っている。
anaaki-gratin.hateblo.jp

因果関係が強固に存在している・・・そんな事は断言する気は毛頭ないが、その小綺麗さはあの場所がずっと続いている要因の1つなんだろうなと勝手に思っている。

理由はなんであれ、手が行き届かなくなるものっていうのは朽ちていく。朽ちていく、というのは良い意味でも悪い意味でも存在するけれど。そして前者の朽ちていくというのは、そこには多分美しさが佇んでいる。

強引な話の結合なのだが、例えば自分の仕事に"小綺麗さ"ってあるかな・・・と。

それがあれば爆発的大ヒットになるわけではないが、受け取る側も意識していないレベルの小さな小さな信頼、そんな一滴が確実に貯まるんじゃないかな。

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