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funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

集大成は、出発点


photo by El Villano

内容が固まっているわけでも、書き溜めた原稿があるわけでも、売れる見込みすら無い。が、仮に自分が本を出すなら?と考えた時に使いたい本のタイトルだけがあったりする。関係各所からお許しを得ないとだめなんだろうが、好きな曲のタイトルだ。一番に好きなわけではないし、オリジナルの歌の持つ意味とは違うかもしれないが。そのタイトルの本・・・と思うとなんか内容のイメージが浮かぶし、自分が何か書き残すとしたらそれはこの曲のタイトルが内容を一言で表してくれる・・・そんなもの。

っていうのはどうでもいい話で。

最近、本を出した知人と、本を出そうとしている友人がいる。

本を出した知人、20年くらいかけて歩んできて積み上げてきたものをまとめ上げた内容の本を出した。日本や世界のこれからみたいな壮大な内容の話であり、自分自身が歩んできた業界やこなしてきた仕事の積み重ねから見据えた個人的な未来の展望でもある。仕事的な集大成だけではなく、彼が今まで会ってきた人から得た知見や、書物から得た知見が綺麗にリンクして、1つの大きな構造体となっている。

書物に関しては、僕が読んだことのあるものも多く含まれていたが、それらを僕が僕なりに紡ぎ合わせて1つの大きな展望を作るっていうことは今のところできやしないし、彼くらいの年月を重ねたところでできるかはわからない。だからこそ素敵なロールモデルとして参考にはなったのだけど。

で、別にこれまでの集大成としての文章を綴ったからといって、彼は別に現役を退くとか隠居するとかそういうわけではないようだ。

これからの自分なりの展望を語った上で、実際に彼はこれから数多くの仮説を検証しながら、実際に歩いて行くつもりなのだろう。多分、人生の大きなターニングポイントで、新しい出発点。

話は変わって、最近本を出そうとしている友人。

彼は別に長いキャリアとかそういうのがあるわけではない。彼にとっては、今書きあげようとしている本が1つのスタート地点。けれども中身は、これまでそういった形となってはいなかったが、様々な機会に彼自身が発してきた内容や経験してきた事で構成されている。

そういったものを一旦まとめ上げて世に問う、その上での発展を当面は考えているんじゃないかと思っている。

人生のチェックポイント的な意味での、集大成。集大成っていうのが別に末端にあるわけではなく、通り道という捉え方。それはとても素敵な話だと思う。音楽や映画で、その人の集大成的な作品・・・そう謳われると、人は最高傑作を期待するし、そうじゃないことに腹を立てたりする。けれども集大成というのは、別にそれ以上があってもいいとか思ってた方が受け取る側も出す側もハッピーだよねきっと。

別に終着地点である必要はないのだから。

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