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funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

出る杭は叩いていいというのを、みんな忘れてしまったのか?

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最近炎上していた、頭の中が小4レベルで民主党とズルズルの慶應大生が、本当の小4を偽った件。後輩が彼の知り合いだったので、(主に)からかう目的で話を振ったら、その話の流れで


「ほんとすいません・・・自分の世代の学生が最近炎上起こしたりしていて・・・。」


って、ホンネかからみが面倒くさかったので言ったのかは知らんけどこの一言でちょこっと思うところがあった。


この"世代"を20歳前後の学生とする。この慶應大生以外でかつ自分が会ったり会話したりFaceBookの友人リストにいる人間を見ていると、秋ごろにようやく騒がれた悪質なバイラルメディアであるTABILABOの中の人間とか、ゴキブリを食べてまわる人間がいた。


世間て、狭いねぇ・・・。


旅ラボが謝罪コメントを出すも燃料投下でさらに炎上 - Hagex-day info
イケダハヤト氏、篠原氏記事に対する見解表明 - 食用昆虫科学研究会(e-ism)ホームページ


で、僕はこういったケースに関して"出る杭を叩かなくなった大人、叱れなくなった大人"っていうのを1つの問題点であると思ったわけ。

出る杭を叩かなくなった大人

多分主にホリエモンとか、家入一真とか、イケダハヤトとかのせいなのかな。


「日本人はすぐに出る杭を打って足を引っ張る(ry」みたいな思想が、批評されること無く特に若い人達に浸透してしまっているんじゃないかと思う。


そもそも出る杭を打つっていう行為が本当に悪いことなのか?社会の健全さを保つための免疫システムとしての機能だってあったんじゃなかろうか?っていうのが僕の視点。とりあえず出てきたものを受け入れてみる、あるいはとりあえず出てみるっていうのはそれはそれで良しなんだけれど、適切な淘汰を蔑ろにすることを肯定する免罪符になるとは思えない。


伸ばすべきものを伸ばし、そうではないものはちゃんと叩かないと、誰もがなんでもかんでもしっちゃかめっちゃかに好き勝手やれるほど社会のリソースは無いと思うし、あったとしても浪費につながってしまうだろう。ではそういうスクリーニングをするための基準みたいなものが今現在に存在しているのか?と考えると、僕はイエスでありノーでもあると思っている。人の数だけあっていいだろうしね。


すごく穿った見方をすれば、そういう判断基準を各自が持とうと頭を使うことを放棄して、ただ"出る杭を打つ"を批判してはいないか?あるいはどんなにおかしなものでも、使いようによっては自分にお金が舞い込んでくると思っている大人も多いんじゃないか。

叱れなくなった大人

間違って出てきたものは叩く、時にはその行為は叱るという形で出るものだと思う。


僕が学生の頃、それよりも昔からよく言われていることだけど、

「社会に出たらあまり叱ってもらえなくなるから、若いうちに叱ってもらえ。」

ってやつ。最近は廃れてしまったのかな。犯罪になるような暴力や中傷、ハラスメントみたいなものは良く見かけたりするけれど。


自分が叱られたことが無ければ、多分叱り方ってわからなくて、そうなると一体どのタイミングでこの継承が失われ始めたのだろうか? これは、"出る杭を打つ批判"が大きくなってきたことと関連しているのではないかと勝手に思っている。

ルールとマナーについて

出る杭を打たない、叱らない・・・そこにはルールとマナーの区別がつけられない人が増えているとかそういったことも関連しているんじゃないかな。


ルールを破ることを推奨したり格好いいと思ったりしているのが、実は単にマナー違反で他人に不快感を与えてるだけ、みたいなね。

ルールは破ってもマナーは守れよ
by甲本ヒロト

ルール破ってもマナーは守れ。甲本ヒロトの名言集!

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