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funny rain, sweet breathing

なんてったって社会不適合者物語

夢を語る暇があったら、仕事はお金が目的と正々堂々語るべし

人生 意識高い系

やりがいとか、勉強させてもらってるからみたいな理由で買い叩かれるのは正直嫌いだ。

あと、「いえいえ、やりたくてやらせて頂いているのでお金なんて・・・」みたいな発言も嫌いだ。

お金で買えるものを手に入れるために、仕事をするのは普通でしょ。

キャリアアップだの、イノベーションだのモチベーションなんだの横文字を嬉々として語る人ってあまり信用できなくて、「えー、別に食い扶持稼げりゃいいじゃん、仕事なんて」系のスタンスの人とか、そもそも話題にしない人の方が好感がもてる。

自分が良く行くユースホテルのカフェでは、多分近所の怪しい会社が凄くイケてなさそうな若者の採用(?)活動を頻繁にしている。ほぼ毎晩いるんじゃないかな。業務内容に関しては一切語らず、ただ夢だのキャリアだの中身のない話を滔々と語り、自分達の会社にはチャンスがあるし完全に成果で評価されるから云々と伝えている。聞いている側はずいぶんと目を輝かせている。

勝手な妄想だけど、大したスキルも経験も無さそうな学生とか卒後数年の若者をそこまで欲しがるって、なんかもう使い捨ての飛び込み営業用歩兵を大量に欲しがっているとしか思えない。なんか営業代行でもやってる会社なのかなーとか勝手に想像している。

ある時採用側の男が、彼、自分で20だか21歳とか言っていたんだけれど「君たち、夢ってある?そういうのを求めるのが仕事なんだよ、お金じゃない」とか話していた。

いつもこの中身の無い意識高い話をBGMにするのが楽しみになっていたので耳をすましていたのだが、次に続いた言葉が「僕はねぇ、この仕事でビッグになってレクサス乗ってタワーマンションに住みたいの」だったので、全然関係無い後ろの席にいた自分はコーヒーを吹きそうになった。

彼自身の言葉の矛盾だけでなく、レクサスとタワーマンションかよ・・・と。

別に自分自身がレクサスとかタワーマンション買える財力ではないが、それでも「小せえ・・・」とか思ってしまった。まだ20そこそこっぽいから、「坊やだからさ」で済むネタなのかもしれないが。

っていうのはあんま本題とは関係なくて。

夢と仕事を別に無理に繋げなくていいじゃん、て思う。っていうか正直に、「あれとこれが欲しいから、稼ぎたい」って言ったらいいと思う。

多趣味な関係で、自分は結構趣味にかける費用が大きくて、日経新聞の記事的にはもうダメダメなんだろうなと思う。
月に1万円以上使うなら「お金がかかる趣味」 :20代から始める バラ色老後のデザイン術:マネー :日本経済新聞

でもそうやって色々手を出して行くのが幸せだし、そうやって生きていきたいからそうしているので気にしていない。

そんな自分は、例えば手帳に5年後の理想の自分像を書き込んだり、夢を書き込んだものを眺めたりなんて絶対にしない。でも毎日、ネットで通帳の残高と、クレカの利用履歴と、あと自分が抱えている案件とその報酬リストを眺めている。素材は違えど、自分の未来をイメージしているという点では同じだと思う。そして、後者の方が合理的で論理的で現実的であるという確信も持っている。

・どれくらい稼いだら欲しかったあれを買えるか?
・それを買って使っていたらどれだけ楽しいか?

この2点を考えることが、自分が仕事をするのに十分なモチベーション。

そうやって多趣味に生きるのを夢と表現してもいいのかもしれないが、世間的に言う夢とは違うのだろうなとも思う。そしてそれならば「夢?別に無いよ〜」って言う。単純にやりたいことはたくさんあるけれどね。で、それらを実行するのに最低限必要で、持っていればある程度満足を得られるものがお金だ。

世界一周旅行だって、あれはお金と時間さえあれば誰にでもできるエンターテイメントで、気付きだの発見だの自分探しだのとかは本質ではない。

もっと現実的な話、お金ないと生きていけないし、お金あればまぁ普通に暮らしていられるわけ。大金持ちにならなくても(なれないし)、必要なお金を稼ぐことは必要なことだし、立派で大切なこと。

生活費や税金にヒーヒー言いつつ、でも美味しいものをたまには食べたり、好きな服を買ったり・・・だからお金が欲しいし、仕事をする。それは自己実現だのなんだのみたいな薄っぺらい話よりも、日常を愛してる感という点で素敵なものだと思う。
(何で薄っぺらいんだ!?って、だってそう感じるんだもん←論証責任放棄)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

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